東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)60号 判決 1986年1月31日
原告 三輪吉雄
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 髙橋龍彦
被告 東京都
右代表者知事 鈴木俊一
右指定代理人 吉田博明
<ほか一名>
主文
1 原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告三輪吉雄に対し一〇〇万円、原告鹿車興産有限会社に対し二二〇〇万円及びこれらに対する昭和五六年二月六日から完済までそれぞれ年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告三輪吉雄(以下「原告三輪」という。)は、東京都豊島区池袋四丁目四五四番所在宅地(地積四八八・〇九平方メートル、以下「本件土地」という。)を所有し、同地上に別紙物件目録二ないし四記載の建物を所有していた。原告鹿車興産有限会社(以下「原告会社」という。)は、同地上に同目録一記載の建物(以下同目録一ないし四記載の建物を「本件建物」という。)を所有していた。
2 被告は、昭和五四年七月二〇日付をもって本件土地の仮換地(以下「本件仮換地」という。)を指定し、この指定に基づき昭和五五年二月二五日付で原告らに対し本件建物につき、「建築物等移転通知及び照会」(以下「本件通知」という。)を発して、同年六月一〇日までに原告らにおいて本件建物を任意移転しない場合は、被告が自ら移転工事を行う旨を告知した。
3 本件建物はいずれも木造建築物であって、本件土地が準防火地域・住居地域の指定を受けていたのにとどまったために建築されていたものであった。ところが本件仮換地は、防火地域・近隣商業地域の指定を受けているため、建築基準法上木造建築物の移築は許されず、その建築確認申請に対しては確認が得られない関係にあった。したがって、本来不可能な移転工事を原告らに強制する本件通知は、原告らに不能を強いるものとして違法無効な行政処分というべきである。
4 右のことは、被告が直接施行をする場合も同様であって、被告の移転工事着手前の通知(建築基準法一八条二項)に対して建築主事は、右通知された建築等が法令や条例の規定に適合する旨の通知(同条三、四項)をすることはありえないから、被告もまた、本件建物の移転工事を適法にすることができるものではないのである。
5 しかるに、被告は、その第三区画整理事務所長小笠原厳の名義で原告らに対し同月一三日付催告書をもって同年七月一〇日までに移転せよと催告し、移転のないことを条件として直接施行すると通告してきた。そこで、同月九日原告三輪、同代理人弁護士、原告らを仲介してくれた地元都議会議員らと被告の職員である前記事務所長、建築局長田神一、区画整理部長八木稔、移転工事課長ら担当官とが交渉をしたが、その際、被告側は、移転命令と建築確認との間に矛盾する点のあることは判っているが、結論が出るまで待ってはいられない旨、区画整理で決められたとおり進行させないと何時までも事業はできないので協力して欲しい旨、また、部内では執行してもし違法だとなったら賠償すればいいのだからという者もある程である旨を述べ、右交渉は押し問答に終始した。同月一六日ころ被告から更に同月一五日付の建築物移転工事施行通知が原告らに送付されてきた。その内容は、原告らが任意に移転しなかったので、同年八月一日から直接施行するというものであった。そして、その後、被告の担当官は、毎日原告らに電話をかけ、まだ移転しないか、まだ移転しないかと催促をし、また、本件建物の居住者らに対しても連日個別訪問して立退きを要求するなど、悪質な不動産屋の行うことと全く同じような干渉を敢えて行った。そして、原告らにも居住者にも、八月一日には必ず執行するからその際には反抗しないで欲しい旨を告げ、原告らには、七月二〇日までには任意に移転するかしないかはっきりいって欲しい、工事をする業者と請負契約をしなくてはならないので、もし契約してしまうとその後任意に移転するといわれても応じないことになるとか、施行の当日になったら区画整理事務所長が来て、直接施行するという宣告を現場で行って、まず居住者の荷物の搬出からやっていくことになる、居住者の方が大変だとか述べていやがらせをし、更に、前記都議会議員に聞いて貰ったところ、被告は実際に八月一日直接施行するため準備をし、すでに準備を整えており、当日は朝早く多数の都の吏員、建設会社の社員等を本件建物の前に集結させて、まず、区画整理事務所の所長が直接施行する旨を携帯メガホンで告げたうえ、居住者を一人ずつ家から出して都の仮設住宅へ連れてゆき、次いで荷物を搬出し、空屋として後に家を取り壊すことになっており、そのため建設会社とは話がついたということが判明した。
6 当時、本件建物内には、アパートの賃借人として入居していた細田和弘、加藤美文の家庭に保育園に通う子二名、それ以下の年齢の幼児一名も居住しており、その他の居住者にしたところで強制執行に遭ったことのない者ばかりであったし、執行された時にどんな不測の事態が生じないとも限らず原告らにしてみても、何十年も居住してきた場所で執行を受けるということは近隣に対する関係でも名誉なことではない。一方、いったん建物を任意取り壊せば、もはや仮換地上に同じものを再築することはできないうえ、直接施行によって仮換地上に移築されても、所轄の建築主事が了知すれば建物の使用禁止や最悪の場合取り壊しを命ぜられることもありうる。原告らはこれら諸般の事情をかれこれ考慮したが、直接施行も目睫の間に迫り、「執行する」と大きな声で告げられたり、大勢の見知らぬ男どもに包囲されたりするなど、実行行為の暴力から居住者の安全を護るのが先決事項と考えたので、前記原告代理人弁護士の説得もあって、やむなく本件建物を任意に取り壊し、立ち退くこととした。
7 前記のとおり本件仮換地は防火地域・近隣商業地域内にあり、本件建物の再築は不可能であって、コンクリート建築をせざるを得なかったので、原告会社は、住宅・都市整備公団にコンクリート造建物を本件仮換地に建築して貰い、これを三五年にわたる割賦払いをもって買い取ることとした。原告三輪については、本件仮換地に建物を所有することとはしないこととした。
8 以上のとおり、被告の担当係官は、原告三輪に対し法律上不能な行為又は市民の立場で実行することが不能な行為を強制し、また、違法な直接施行を執行するとして原告らを強迫し、よって、原告三輪をして本件建物のうちその所有に係る分を取り壊させ、父の時代から五〇年以上にわたって生活してきた建物を仮換地上に移築することを不可能とさせたものであって、このことによって同原告が被った精神的損害を金銭の支払いをもって慰藉するには三〇〇万円を下らない。
9 次に、原告会社については、前記コンクリート造りの建物の建築面積は一七四五・二六平方メートル、建築代金三億七五四〇万四九五〇円、住宅・都市整備公団の負担できない前面道路掘削埋戻工事、隣地境界の擁壁設置工事等の費用一五〇〇万円となった。したがって、この建物の一平方メートル当たりの建築代金は、二二万三六九四円となる。
(算式) (375,404,950+15,000,000)÷1745.26≒223,694
ところで、従前原告会社が所有していた木造建物の面積は一九七・〇八平方メートルであったので、この面積分だけが移築工事に相当する部分と考えられる。したがって、再築の金額は四四〇八万五六一三円となる。
(算式) 223,694×197.08=44,085,613
しかるところ、被告は、原告会社に建物その他移転料として二二五九万〇六二一円を補償しているので右金額から補償額を差し引いた二一四九万四九九二円が建築費の増大による損害となる。
(算式) 44,085,613-22,590,621=21,494,992
更に、原告会社が住宅・都市整備公団から買い受けるコンクリート造建物は、三五年の売買代金割賦払いであるため、その利子等として七億四一四三万四〇九〇円が付加されることとなっている。したがって、右利子等のうち従前の建物の面積に相当する負担額を計算すると、八三七二万四九〇五円となる。
(算式)741,434,090×(197.08/1745.26)=83,724,905
右のとおり、将来にわたり支払うべき利息等の合計金額は八三七二万四九〇五円となるのであるが、このうち昭和五七年一〇月八日から昭和六〇年二月二五日までに支払済みの利息に限定してみても、その金額は三八九三万九三一五円となっているので、そのうち従前の木造建物の面積に相当する負担額を計算すれば、四三九万七一四四円となる。
(算式)38,939,315×197.08/1745.26=4,397,144
右の建築費増大額と利息負担の増大額との合計二五八九万二一三六円は、前記被告の違法な本件通知及び被告担当官の強迫により、本件建物のうち原告会社所有に係る分を取り壊したことによる損害である。
10 よって、原告らは、国家賠償法一条と、同法四条によりその規定によるものとされる民法七一〇条とに基づき、被告に対し、原告三輪には右三〇〇万円のうち一〇〇万円、原告会社には右二五八九万二一三六円のうち二二〇〇万円の支払いをそれぞれ求める。
二 請求原因事実に対する認否
1 請求原因1及び2の各事実は認める。
2 同3の事実中、本件建物がいずれも木造建築物であり、本件土地は準防火地域・住居地域の指定を受けていたが、本件仮換地は防火地域・近隣商業地域の指定を受けているため建築基準法上本件建物を本件仮換地に移築することが許されないものであることは認め、主張は争う。
3 同4の主張は争う。
4 同5の事実中、被告が原告ら主張の催告書を発したこと、原告ら主張の交渉が原・被告間でされたこと(もっとも、その際、被告側は、建築基準法との関係で説が分かれていること、事業に協力して欲しいこと及び直接施行した結果損害が発生した場合で通常生ずる損害と認められるものについては補償することを述べたにとどまる。)、右交渉は物別れとなったこと、昭和五五年七月一六日ころ被告が原告ら主張の通知を原告らに送付したこと、被告の担当官が原告らに対し同月二〇日までには任意に移転するかしないかはっきり言って欲しい旨を述べたこと、施行の当日になったら、区画整理事務所長が来て、直接施行するという宣言を現場で行って、まず居住者の荷物の搬出からやっていくことになる旨を述べたこと並びに被告が直接施行の準備をしたことは認め、被告の担当官が毎日原告らに電話をかけ、まだ移転しないか、まだ移転しないかと催促をし、また本件建物の居住者らに対しても連日個別訪問し立退きを要求したとの点、原告らにも居住者にも、八月一日には必ず執行するからその際には反抗しないで欲しい旨告げたとの点、工事をする業者と請負契約をしなくてはならないので、もし契約してしまうとその後任意に移転するといわれても応じないことになる旨を述べたとの点及び居住者の方が大変だという趣旨のことを述べいやがらせをしたとの点は否認する(但し、被告職員が原告らに対し自主移転を要望し、また、本件建物の居住者に対し事業への協力方を依頼したこと及び原告ら及び居住者に対し自主移転が行なわれなければ八月一日には直接施行せざるをえない旨を述べたことはある。)。
5 同6の事実中、当時本件建物には幼稚園に入る前の子供らを持つ居住者があったこと及び原告らが本件建物を取り壊して任意に移転したことは認め、その余の事実は知らない。
6 同7及び8の各事実は知らない。主張は争う。
7 同9の事実中被告が原告会社に建物その他移転料として二二五九万〇六二一円の補償金を支払ったことは認め(もっとも、補償金の総額は二七六七万九三七五円である。)、その余の事実は知らない。主張は争う。
三 被告の主張
1 本件仮換地の指定は、昭和三九年度を初年度とし、昭和五八年度完了をめざす東京都市計画池袋二丁目付近土地区画整理事業(昭和三九年四月一六日建設省告示第一二〇五号による都市計画決定、昭和四〇年一月二一日事業計画決定、同月三〇日東京都告示第九三号をもってその旨告示。)の一環としてされたものであって、被告が原告らに対し本件通知を発したのは、本件建物の移転が行われないと、五ブロックのうち都市計画街路補助第七三号線に面する側の水道管、下水道管及びガス管等の埋設工事ができず、また池袋四丁目四五三番の三の土地所有者ほか三名に対し仮換地の引渡しができなくなるし、日程としても六ブロックの建築物等の移転が昭和五五年七月下旬に完了しており引き続き本件土地を含む区域について右七三号線の街路工事を施行することになっていたことによるものである。
2 土地区画整理法(以下「法」という。)は、施行者は、仮換地を指定した場合において、従前の宅地に存する建築物その他の工作物又は竹木土石等(以下「建築物等」という。)を移転し、又は除却することができる旨を定めている(法七七条一項)。このことは、これらの建築物等の移転又は除却が、土地区画整理事業に必要不可欠なものであるため、最終的には施行者が自ら行うべきこととされているのである(これを一般に直接施行と称している)。
しかしながら、建築物等の移転又は除却はその所有者や占有者自身をして行わさせることが望ましいことはいうまでもない。
そこで、法は、施行者において、建築物等を移転し又は除却することが必要になった場合には、相当の期間を定め、建築物等の所有者及び占有者に対しその期限後は施行者が移転又は除却を行うことを通知するとともに、その期限までに自ら移転し、又は除却する意思の有無をその所有者に対し照会する旨を定めている(法七七条二項)。
建築物等の所有者は、右通知照会の文書に記載された期間内に自発的に移転し、その移転に伴う移転補償費を施行者に請求することができるが(法七八条一項)、他方、必ずしも自ら移転する必要はなく、施行者に直接移転してもらってもよいのである。
右にみたとおり、法七七条二項による通知・照会は、施行者が所定の期限後建築物等を自ら移転し又は除却するという意思の通知と、所有者が自ら移転し又は除却する意思があるかどうかを問う照会に過ぎないものである。したがって、右通知・照会は、建築物等の所有者に対し移転又は除却を命じたものではないのであり、所定の期限後、右所有者等が直接施行を受忍する義務を負うにいたるものにすぎないのである。
そして、施行者による建築物等の移転(直接施行)の場合は、建築基準法等を考慮することなく行うことができるものと解される。すなわち、直接施行は、事業推進のため法が特に施行者に付与した権限であり、建築物等の移転においては法の趣旨・目的等から判断すべきで、かつ、それで十分であって、移転により当該建築物等が建築基準法その他の法令に適合しなければならないとするものではない。けだし、施行者が、多数の建築物等について、それぞれ個々の建築物等が、仮換地、構造及び建築設備に関する各種の法律並びにこれに基づく命令及び条例の各規定に適合するかどうかをそれぞれ個々に審査しなければならないものとすると、多数の建築物等を対象に、かつ迅速に事業を行わなければならない施行者にとって過大な義務を課すものであり、このことは事業の円滑な進捗を著しく阻害することになる。法が施行者にそこまで求めているとは到底解されない(もっとも、法七七条二項に基づく通知・照会を契機として建築物等の所有者が自発的に移転(自主移転)する場合は、建築基準法等の適用を受ける。けだし、自主移転は、施行者からの通知・照会を契機としてなされたものであるが、直接施行のような法が施行者に付与した権限に基づいて行われる行為(移転)とは明らかに異なるものだからである。)。
そうすると、本件通知には何ら建築基準法違反の瑕疵は存しない。
3 仮に、本件通知に、本件建物の移転が建築基準法上許されないことによる瑕疵があったとしても、「建築物等の除却」の通知及び照会として適法であったものというべきである。本件建物の移転が、同法に違反することにより不可能であるとすると、除却の方法によることになるのであるが、移転も除却もその従前地を明渡すという点では同じであり、本件通知は原告らにとって有利な移転の方法を選択した結果なされたものであるから、本来行うことのできた除却の通知及び照会として適法なものというべきである。
すなわち、移転の通知及び照会並びに除却の通知及び照会によって生じる法律効果をみると、被処分者は、それぞれ移転の直接施行を受忍する義務、除却の直接施行を受忍する義務を負うということになるから、有利、不利につき判断する場合、移転と除却について右受忍義務の内容の差異をみる必要がある。
移転及び除却は、それぞれ次のとおり定義されている。
「移転とは、建築物等を従前の土地から仮換地に現状のまま移動させることであるが、技術上、一たん解体して移転先に運搬した上、従前通り(又は多少補足材を加えて)再築することをも包含すると解する。前者を曳去移転(又は曳方移転)、後者を解体移転という。
除却とは、従前の土地から建築物等をその効用を保有したまま取除くことをいうのであるが、破毀する場合も含むと解する。」(下出義明・換地処分の研究(改訂版)一一〇頁)。
これから言えることは、移転及び除却のいずれも当該建築物が従前地上から取除かれるという点では共通であるか、移転の場合、建築物等は、移動はするが現状のまま保持されるのに対し(解体移転の場合も結局現状どおり再築される)、除却の場合は、建築物等が破毀されることがある(実際上は、除却の対象とされたものは破毀される事例がほとんどである。)という点で大きな差異があるのである。
したがって、当該建築物等の仮換地上への移転のみについて直接施行の受忍義務を負う移転の通知及び照会の方が、当該建築物等の破毀を含む直接施行の受忍義務を負う除却の通知及び照会よりも被処分者にとって有利な処分であるといえるのである。
右にみたとおり、本件通知は、原告らにとって除却の通知及び照会よりも有利な処分といえるのであり、いずれも当該建築物等が従前地上から取除かれるという点では共通であることから、本件建物に係る除却の通知及び照会として適法・有効なものというべきである。
したがって、本件通知は、不法行為の成立要件としての違法性を帯有するものではない。
また、本件通知が、本件建物に係る除却の通知及び照会として適法・有効なものとなるかどうかの点は置くとしても、被告は、除却の通知及び照会をもともと行うことができた、つまり、除却の通知及び照会を行えば適法であったところを、除却の通知及び照会よりも原告らにとって有利な移転の通知及び照会をしたにすぎないのであるから、本件通知は、いずれにせよ不法行為の成立要件である違法性を帯有するものではない。
4 原告らがその所有の建物を収去したのは、あくまでもその自由意思によるものであり、本件通知によるものではないから、その主張の損害と本件通知との間には因果関係がないし、本件の経緯において原告三輪が精神的な苦痛を感じるような状況にはなかったのである。
すなわち、本件通知に対して原告らからは期限までに何ら回答がなかったが、被告はなお昭和五五年七月一〇日までは直接施行への着手を控えることとして催告書を発し、同年六月一六日午後五時ごろ被告の職員である東京都第三区画整理事務所(以下、「区画整理事務所」という。)笠原啓司移転課長(以下、「移転課長」という。)が、原告らの代理人である高橋龍彦弁護士に電話し、本件催告書を原告らに送付したこと及びこのままでは、不本意ではあるが、期限がくれば、直接施行せざるを得なくなるので、被告との協議による移転に応じて欲しい旨を伝えた。
これに対し、高橋弁護士からは、原告三輪から右催告書を受け取った旨の連絡を受けていること、移転については話合いの余地はなく、この点について原告三輪の意思も同一であること、防火地域への木造家屋の曳家は、建築基準法に違反する行為であり、したがって、被告の直接施行も違法行為となるから、もし、被告が直接施行を強行するならば、建造物損壊罪で告発することも考えざるを得ない旨の話があった。同月二七日東京都第三区画整理事務所池袋北地区事務所(以下「地区事務所」という。)において、協議会終了後約二〇分間右協議会に出席していた原告三輪と小笠原厳第三区画整理事務所長(以下「所長」という。)及び移転課長が話し合い、その席で、右被告職員両名は、被告としては事業執行上やむを得ず催告書を出したが期限内に円満に協議移転できるよう話合いに応じて欲しい旨及び期限内に移転が行われない場合被告が直接施行を行わざるを得ない旨を話した。これに対し、原告三輪は、防火地域への木造家屋の移転は建築基準法上違法な行為であり、被告が直接施行するにしても、適法に移転することはできないはずであるから、協議移転には応じられないとして、双方の話は平行線をたどった。同月三〇日豊島区選出の都議会議員(以下、「地元都議」という。)から、建物の移転について原告三輪から相談を受けたので、その内容を説明して欲しい旨連絡が、東京都建設局区画整理部移転工事課長斎藤潤太郎(以下、「本庁移転工事課長」という。)にあり、同日本庁移転工事課長とその部下である岡部哲夫移転係長(以下、「本庁移転係長」という。)が地元都議の所属する都議会の政党控室で、原告らに対する直接施行について、その経緯、これからの日程等の内容を説明した。
同年七月三日移転課長が原告三輪に電話をかけ、本件催告書で定めた期限である一〇日が迫ってきていること及び移転補償契約を締結する時期によっては補償金額に増減を生じるので、原告らに不利とならないよう各ケースごとの補償金額、内容について説明したいので、是非、説明のための時間を作って欲しいことを申し入れた。これに対し、原告三輪からは、いま問題としているのは補償金以前のことであり、そもそも被告も本件建物を移転することができない以上、移転を前提とする話合いは無意味である旨の応答があった。
同月九日原告三輪、高橋弁護士、地元都議及び本件建物の占有者(借家人)代表者一名は、東京都建設局長室で、約一時間三〇分にわたって田神一建設局長、八木稔区画整理部長、岩崎喜助管理課長(以下、「本庁管理課長」という。)、その部下である伴野修調査係長、本庁移転工事課長及び本庁移転係長と話し合った。
この話合いにおいて、原告ら側から、本件建物の移転について、被告が直接施行する際に、建築基準法一八条二項の規定によを計画通知書を建築主事に対して提出することの必要性の有無、もし、提出する必要がないとするならば、その旨を文書で明らかにすること、また、この点について東京都建設局区画整理部と東京都都市計画局建築指導部及び建設省都市局区画整理課と建設省住宅局建築指導課との意見がそれぞれ異なっているので、行政側で意見の調整をすることの二点について申入れがなされた。
被告は、右二点については、検討したうえで後日回答する旨を約束するとともに、繰り返し、本件建物の協議による移転について協力を求めた。同月一五日被告は、原告らに対して、建築物等移転工事施行通知を送付した。同日本庁移転工事課長、本庁移転係長が都議会控室に地元都議を訪ね、原告らに右通知を送付したこと及び同月九日に申入れのあったことに対する回答内容、すなわち、建築基準法一八条二項による計画通知は不要であること及び行政側における意見の差異は現段階では調整できないものであることを説明し、重ねて、地元都議に本件建物を移転することについて理解を求めた。
また、同日本庁移転係長が原告三輪に電話連絡し、地元都議に行ったのと同趣旨の説明を行った。これに対し、原告三輪からは、高橋弁護士が出張中なので、同弁護士が帰り次第、同月九日の申入れに対する回答を伝えるとの応答があった。
同月一八日本庁移転係長が原告三輪に電話連絡をし、高橋弁護士を交えて、いつ会えるのかを問い合わせたところ、原告三輪は、同月二一日午前一〇時ないし午前一〇時三〇分ごろまでに、高橋弁護士と相談のうえ連絡する旨を答えた。その後、同月二一日に至り、原告三輪から本庁移転係長に電話があり、同月二二日午後四時から区画整理事務所で会う約束がされた。
右約束に基づき、同日午後四時ごろから約二時間にわたって、区画整理事務所において、原告三輪と本庁移転工事課長、同移転係長が話し合った。
この話合いにおいて、まず、本庁移転工事課長と同移転係長は、同月九日に原告ら側から出されていた申入れに対する回答を再度説明するとともに、本件建物の協議による移転について、重ねて協力を求めた。
これに対して、原告三輪は、本件建物の移転をめぐる一連の折衝のなかで、はじめて、具体的な補償問題に関する話合いに応じた。すなわち、原告三輪は、自分に対して指定された仮換地は地形が悪く、建築物の敷地として使用できない部分があるので、その部分に対して金銭補償をすること及び防火地域内に仮換地を指定されたため、耐火構造の建築物を建築せざるを得なくなったのだから、そのことによって生じる建築費増加分に対する利子を補給することの二点を要望した。
右要望に対しては、本庁移転工事課長、同移転係長の二名は、右要望事項は、いずれも本件建物の移転に伴って通常生じる損害ではないから補償協議の対象とはならないことを説明し、移転に伴って通常生じる損害の補償について、区画整理事務所と具体的な補償協議を行うことを促した。この話合いの結果、原告三輪は、同月二四日に、区画整理事務所を訪ね、補償協議をすることを約束したが、同日午前九時三〇分ごろ原告三輪が区画整理事務所を訪れ、移転課長に会い、本日は急用ができたため話合いの時間がとれない旨を伝えるとともに、同月二二日に本庁移転工事課長らに申し入れた二項目の要望にそって、補償金額を提示して欲しい旨を伝えた。
同日午後四時ごろ本庁移転係長が、原告三輪に電話連絡をし、速やかに区画整理事務所と補償協議を進めて欲しい旨を要望したところ、原告三輪は、高橋弁護士、地元都議とも相談したうえで、明二五日午前九時三〇分までに返事をする旨を答えた。
同日午前一〇時一〇分ごろ、原告三輪から本庁移転係長に電話連絡があり、地元都議とも相談したが、占有者の立退きに関する占有者との協議を先に詰めた後で、区画整理事務所と話合いをする方がよいと思うので、同月二八日に再度連絡のうえで、補償協議を行いたい旨及び補償協議が成立した際には、地元都議の立会いのうえで調印したい旨を申し入れ、これに対して、本庁移転係長は、いずれも了承する旨を答えた。
同月二八日午後四時ごろ、原告三輪と高橋弁護士が区画整理事務所を訪れ、本庁移転工事課長、同管理課長、所長、移転課長、その部下である鈴木新吾補償係長(以下、「補償係長」という。)と約三時間にわたり話合いを行った。
この話合いにおいて、右被告職員らは、直接施行に着手すべき時期(昭和五五年八月一日)が切迫してきたこと及び是非、協議による本件建物の移転に応じて欲しい旨を伝えた。
これに対し、原告三輪らからは、占有者から借家権の補償を要求され、占有者との間の話合いがいまだ未解決であること、減歩されることによりアパートの部屋数が減少するので、これに対する補償をすること、地域地区の変更により、原告三輪の仮換地上に本件建物を再築することはできなくなってしまったため、アパート収入がなくなってしまうので、これに対する補償をすることとの申し入れがあった。
この申し入れに対し、右被告職員らは、家主と占有者間の問題は当事者間で至急解決するよう努力して欲しいこと、移転計画上、本件建物のほとんどが仮換地内におさまり、一部切取除却せざるを得ない部分もあるが、これに対しては補償を行うこと及び本件建物を仮換地上へ移転することは、土地区画整理法上合法であるから、本件建物を法律的に移転することができないことを前提とする補償は行う意思はないこととの回答をした。さらに、右被告職員らは、繰り返し本件建物の協議による移転を求めたところ、原告三輪らから明日補償内容についての協議に応ずる旨の回答がなされた。
同月二九日午後二時ごろから移転課長と補償係長が豊島区池袋四丁目四五四番ノ一ほか三筆の原告所有の従前の宅地に対して指定された仮換地に存する竹中工務店の現場事務所を訪れ、原告三輪と原告会社の代表者である三輪ユリエに対して、具体的な補償内容を説明した。その後、本件建物の所在地で、樹木、工作物、建物等について、右被告職員らが説明した補償内容との突合を行った。さらに、午後六時ごろから午後九時ごろまで、原告三輪の仮住居先で各補償項目ごとに、単価・数量を確認した。しかし、原告らは、最終的には、地元都議及び高橋弁護士と相談のうえ決定したいとして、この日は正式の承諾は得られなかった。
なお、右竹中工務店の現場事務所は、原告三輪所有のマンションを建築するために、右仮換地上に設置されているものである。
同年同月三〇日午後四時三〇分ごろから約一時間にわたって、都議会控室において、原告三輪、地元都議、高橋弁護士と本庁移転工事課長、移転課長との間で話合いを行った。
この話合いにおいて、原告三輪から協議移転に応ずる旨の申出があり、協議の結果、補償金を総計で三八五二万九六八〇円とし、本件建物の解体する期限を同年八月一〇日とすることで双方、合意に達した。
原告三輪は、右合意後、直ちに都議会控室から竹中工務店の現場責任者に対し、本件建物の解体を指示し、また、移転課長に対しては、以後、本件建物の解体に関しては、右現場責任者と打合せて欲しい旨を申し入れた。同月三一日午後五時三〇分ごろ、区画整理事務所で原告らと被告との間において本件建物についての移転補償契約が成立し、原告らは、右移転補償契約に基づき、同年八月一日に、本件建物の移転工事に着手し、同月一〇日に右工事を完了した。
以上の経緯からすれば、原告三輪らがその所有の建物を収去したのは、その自由な意思による選択の結果であることが明らかである。
なお、原告三輪は、被告のした本件通知等の行為により「仮換地」上に再築できなくなった旨を主張するが、仮換地上に法律上再築できなくなったのは、防火地域に指定されたことによる効果のためであって、被告の右行為によるものではない。
5 仮に、本件通知及び照会が基準法に違反するものであるとしても、建築物等の移転の基準法違反については判例もなく見解の分れるところであり、原告らにとって除却より有利な移転の通知及び照会をしたことについて、被告の代表者たる知事には何らの過失もない。
6 原告会社は、同社が被告の加害行為によって被った損害として、原告会社が収去した建物と同一のものを再築することが不能となったことによる建築費の増大及び利息負担を挙げ、その合計額を損害額として主張する。
しかしながら、仮に、原告会社が、被告の右行為によって損害を被ったとしても、その損害は右建物が滅失したことにつきるのであり、その損害額は、右建物の滅失時の交換価格をもって足りると解すべきである。
そして、原告会社は、既に右建物について右交換価格を超える補償金(二七六七万九三七五円)を被告から受領しており、右損害の補填を受けているのである。
そうすると、建築費の増大及びその利息負担は、損害賠償の範囲に含まれるものとはいえない。
また、仮に原告会社主張のように建築費の増大があったとしても、当該建築費の増大に相応する建物が現存しているのであるから、原告会社には何ら損害は生じていないというべきである。
また、利息負担についても、右利息相当分は仮換地上の建物の家賃に転嫁されて回収されるものであるから、利息負担分の損害が現実に発生しているものとはいえない。
7 なお、建築基準法上の各種制限は財産権に内在する当然受忍しなければならない負担であり、右の趣旨は防火地域について定めた建築基準法六一条についても異ならないから、土地区画整理事業の施行に伴い建築基準法の規定に基づき木造建築物に代えて耐火建築物を建築する費用は補償を要するものではない。また法七七条に基づき建築物を除却する場合には、当該建築物の現在価値と取りこわし費用の合計額から発生材価額を差し引いた額が補償額となるが、仮に従前地の建築物を仮換地に移転することが建築基準法上違反となって当該建築物は法上移転はできず除却しなければならないと解された場合であっても補償の範囲は変らない。けだし、右の場合に除却によらなければならないとする理由は、建築基準法上の制限によるものであって、その制限は右のとおり財産権に内在する当然受忍しなければならない負担であるから、移転の場合と同様右補償の範囲を超える補償は必要としないものと解されるのである。
四 被告主張事実に対する認否及び反論
1 被告の主張4記載の事実のうち次の点は否認する。すなわち本件通知に対して原告らから期限までに回答がなかったとの点(原告らは被告係員に豊島区建築主事の言によれば、正当な手続を履んで移築することは不可能である旨を述べ、被告の笠原移転課長は、任意移築ができないことは知っているが工事は進めざるをえない、工事をして違法と判ったら損害賠償すれば足りる旨を答えている。)、昭和五五年六月二七日に原告三輪の述べた内容(東京都の求める移転は曳き家の方法によるのが原則であるが、建築確認はとれない。確認を得ない移転工事はもちろん違法行為になるのだが、東京都は違反行為を強制できると考えているのか。裁判所から出された決定の中にもそのような行為は執行不能になると書いてあるのだから、まずもって適法なのか違法なのか調査をして結論を出してからまた説明に来て欲しい旨を述べたものである。)、同年七月三日原告三輪の述べた内容(前回と同様のことを述べたものである。)及び同年七月二二日において原告三輪の述べた内容(本件仮換地は一部に幅五メートル程の部分のある不整形のため、建物を有効に建てることができない。また、建築するとしても余分の費用がかかるのでこのようないわれのない不利益についての補償をどう考えてくれるのか。更に防火建築をするほか致しかたがないのだが、この建築費の増加をどのように補償してくれるのか。補償の途がないのであれば低利の融資を受けられるような方便はないのかとの趣旨を訊ねたものである。)の諸点である。原告が地元都議の世話になったことは認めるが、その具体的な交渉経過は知らない。その余の右4記載の事実は認める。
2 被告の法律上の主張はすべて争う。被告は法七七条一項の直接施行の場合においては建築基準法を考慮せずに実行できると主張するが、この様な見解は誤りである。すなわち法律として公布された数個の規定があって、その各々の間に一般法、特別法の関係がある場合や、特にある規定の適用の排除が明示されている場合は別として、その他の場合には数個の法規定間に矛盾なく解釈し適用すべきものである。
本件の場合、法においてはその一条に、「この法律は、土地区画整理事業に関し、その施行者、施行方法、費用の負担等必要な事項を規定することにより、健全な市街地の造成を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と明示されているとおり、市街地、即ち土地の造成がその規定の対象となっているのである。
また、建築基準法の一条には「この法律は建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と明示して、専ら建物を建築する際の規定を設けているのである。
このように、一方が土地について、他方が建物についての規定であるから、一方が他方を排除する関係にあるものではなく、また、排除すると明記した条項もないのであるから、相互に矛盾しないように適用されるべきものなのである。
被告は、右適用の理由について、施行者が多数の建築物等について、それぞれ個々の建築物等が仮換地、構造及び建築設備に関する各種の法律並びにこれに基づく命令及び条例の各規定に適合するかどうかを個々に審査しなければならないものとすると、多数の建築物等を対象に、かつ迅速に事業を行わなければならない施行者にとって過大な義務を課すものであり、このことは事業の円滑な進捗を著しく阻害することになると述べている。
しかし、このように述べておりながら、法七七条二項の確認申請は必要なのだといっているのであるから、主張自体矛盾している。何故ならば、建築基準法六条の確認申請も同法一八条の計画通知も等しく二十一日以内に結論を出すことになっていて事業の執行を著しく遅延することにはならないし、確認申請にしてみても当該市民が所轄庁に労をおしまず提出しているのであって、国等だけが労をおしむことは許されるものではない。その上、国等が計画通知を提出しないことは所轄の自治体の自治権をも侵害することとなるのである。
次に、被告は、法七七条一項の場合は建築基準法の適用はないけれども、法七七条二項の場合には建築基準法の適用はあるのだと主張しているが、これもまた争う。法の同じ規定の中で、一方は建築基準法が排除され、他方は適用されるというような身勝手な解釈は許されるものではない。同一の区画整理の対象地とその地上建物の問題なのであるから、一方が適用されるのなら他方も適用されるのが自然である。とにかく、区画整理が発端であったにせよ建築主が違っただけなのであるから、建築主に応じた建築基準法上の条項を適用して然るべきである。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者間に争いのない事実
請求原因1及び2の事実、同3のうち本件建物がいずれも木造建築物であって、本件土地が準防火地域の指定を受けていたのにとどまったためにその建築が許容されていたが、本件仮換地は防火地域・近隣商業地域の指定を受けているため建築基準法上木造建築物の移築は許されないものであることは、当事者間に争いがない。
二 原告らの請求について
原告らは、本件建物が木造建築物であって、これを防火地域である本件仮換地に移転させることは、建築基準法上許されないにもかかわらず、被告は、本件建物を本件仮換地に移転する旨の違法な本件通知を原告らに発し、かつ、その示した期限に直接施行する旨を告げて原告らを強迫したため、原告らとしては、右建物を自ら取り壊さざるを得なくなり、その結果、原告会社は本件仮換地上に新たに耐火建築物を建築することを余儀なくされて建築費の増大等による損害を被り、また、原告三輪は父の代以来長年にわたり居住し利用してきたその所有建物を取り壊すことによる精神的損害を被った旨を主張する。
確かに、前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、原告三輪は、被告から本件通知を受け、かつ、被告の担当係官から、昭和五五年八月一日には被告側で直接施行により本件建物を移転する旨を告知されて、その準備が着々と進んでいて右施行の実施は確実であることを知り、万一直接施行を受けた際には、本件建物のアパートの住民との間にトラブルが起きる心配のあること、移転後の建物の状態が居住に耐えないこととなったり、建築基準法違反として使用禁止命令が出たりする心配のあることを考慮し、原告会社の建物ともども本件建物を自ら取り壊して、本件仮換地には新たに建物を建築することとしたことが認められ、右認定事実によれば、原告らは、本件通知及び被告による直接施行の告知がなかったらば、本件建物の取壊しをしなかったであろうという関係にあることは明らかである。
ところで、建築基準法は、その第一条において、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と規定して、同法が建築物に関する基本法であることを明らかにし、また、その第三条において、同法の適用が除外される場合を同条に規定する場合に限定しているのであるから、同法は、右同条に規定される適用除外の場合を除いてすべての建築物について適用されるものと解さなければならない。他方、法七七条一項は、土地区画整理事業の施行者は、仮換地を指定した場合において、従前の宅地に存する建築物等を移転し、又は除却することができる旨を定め、仮換地を指定した場合、施行者は必ずしも常に建築物等を当該仮換地に移転しなければならないものではなく、仮換地への移転が事実上又は法律上不可能な場合などには、当該建築物等の除却をすることを認めているのであるから、建築物等の仮換地への移転がなんらかの法令に違反するような場合にまで施行者は、その建築物の移転をすることができるものと解することはできないというべきである。そうすると、法七七条一項の規定によって移転される建築物について、これに建築基準法の適用を除外することを認める規定はなんら存在しないのであるから、仮換地が防火地域であるため一般には同地上に移転することができない木造建築物について、たとえ法七七条一項の規定による場合であっても、これを当該仮換地上に移転することは建築基準法上許されないものと解さなければならない。この点について、被告は、施行者が、多数の建築物について、それぞれ個々の建築物が、仮換地、構造及び建築設備に関する各種の法律並びにこれに基づく命令及び条例の各規定に適合するかどうかを個々的に審査しなければならないものとするのは、多数の建築物を対象に迅速に事業を行わなければならない施行者にとって過大な義務を課し、事業の円滑な進捗を著しく阻害することとなるものであるから、法が施行者にそこまで求めていると解することはできない旨を主張するが、従前地上にある建築物の仮換地への移転や除却は、建築物の所有者にとっては誠に利害関係の大きい所為であって、このような所為の遂行については、施行者としては、所有者の従前の利益を損なわないよう細心の注意を払うべきであることはむしろ当然というべきであって、何ら明文の規定がないのに、施行者に過大な義務を負担させることのみを理由に、土地区画整理事業の遂行のためには建築基準法に違反しても建築物の移転をすることが許されるとする主張は、これを採用することができない。そうすると、本件通知には、本来建物の除却しかできない場合であるのにその移転をする旨を通知した点に違法があるものといわなければならない。
しかしながら、前記当事者間に争いのない事実によれば、原告三輪は、本件建物の所在する本件土地について既に昭和五四年七月二〇日をもって仮換地の指定を受けており、また、原告らは、昭和五五年二月二五日法七七条二項に基づく本件通知を受けているというのであり、更に、被告による本件建物の移転の直接施行の日は何度か延長されたのち最終的に同年八月一日と決定され、その旨の告知を原告らが受けていることも当事者間に争いがないのである。そして、本件通知は、被告が本件建物を移転することについて原告らに受忍義務を課すものとして、行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分に当たるというべきであり、右処分については、法一二七条の二、地方自治法二五六条、行政事件訴訟法八条一項但書等の規定により、審査庁の裁決や裁判所の判決によって取り消されない限り、有効として取り扱われるべきものであって、右処分に重大かつ明白な瑕疵があるときにのみ無効とされるものであるところ、本件通知について原告らが違法無効であることの事由として主張する点は、本件建物の移転が法律上許されず、除却しかできないのに移転の通知をしたというにとどまるものであって、それ自体重大な瑕疵ということができず、本件通知をもって無効であるということのできないことは明らかであるというべきであり、また、法七七条によれば、仮換地上にある建築物の移転又は除却の通知及び照会は、そこに示された期限に施行者が当該建築物をその敷地から撤去することについて被通知者に受忍義務を生じさせることを主たる目的とするものであって、その撤去した建築物を仮換地等の他の土地上にそのまま移転させるか、又は全部取りこわしてしまうかという事後的な処置の選択の問題は、その主眼とする右の効果に比すれば、二次的なものというべきであるから、右の二次的な処置の選択について誤りがあり、その点で通知及び照会に違法があったからといって、右の主たる目的である当該建築物の撤去について受忍義務を課する部分まで違法となるものではないというべきである。そうすると、本件通知に存する、除却とすべきところを移転としたという違法は、右通知によって原告らに課されることとなった本件建物撤去についての受忍義務には、何ら影響を及ぼすものではないといわなければならない。
そして、《証拠省略》によれば、被告が本件建物について除却でなく移転の通知をした理由は、本件建物については仮換地がある以上、そこへ建物を移転するのが原則であり、それが所有者にとって最も損害の少ない方法であるとされていることによるものであって、仮に本件建物については移転の措置をとることができず、除却しかすることができないものとすれば、当然除却の通知を発したはずであって、その場合においておよそ移転又は除却の通知を発することがなかったとは到底いうことができないものであることが認められるのみならず、前認定の事実によれば、原告らにおいても、仮に本件通知が移転でなく除却をする旨の通知であった場合には、本件建物を自ら取り壊すことをせず、被告の直接施行にこれを委ねたであろうとは到底いうことができず、その場合でも、原告らは、やはり自ら、本件建物を取り壊したであろうことが優に推認されるのである。そうすると、本件通知について、除却とすべきところを移転とした点の誤りがなかったとしても、やはり、被告は、本件建物を同月一日に直接施行として撤去することができ、また、原告らは自らこれを撤去したであろうことが認められるのである。そして、また、原告会社が本件仮換地上に耐火建築物を建築せざるを得なかったのは、本件仮換地が防火地域の指定を受けていたことによるものであって、本件通知に移転又は除却の手段の選択についての誤りがあったことに起因するものでないことは明らかである。
してみると、原告らが本件建物を取り壊したこと及び原告会社が本件仮換地上に新たに耐火建築物を建築せざるを得なかったことは、被告が本件通知について除却とせずに移転を選択したという誤りを犯したことに起因するものということができず、したがって、右通知に存する違法と原告らが主張する損害との間にはなんら因果関係がないものといわなければならない。
なお、原告三輪は、被告担当係官が直接施行を実施すると強迫したため、本件建物を取り壊さざるを得なかった旨を主張するが、被告の担当係官が原告三輪を畏怖させるような言葉を発したのではないことは、同原告自らその本人尋問の結果(第二回)においてこれを認めるところであり、また、被告が本件建物を撤去すること自体は、本件通知に存する違法にかかわらずこれをすることができたものであることは前示のとおりであって、被告の担当係官が直接施行すると同原告に告知したこと自体をもっては到底強迫と評価することができないから、原告の右主張もこれを採用することができない。
三 結論
よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 中込秀樹 金子順一)
<以下省略>